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JA甘楽富岡の概況
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| JAの概況
古くから養蚕・蒟蒻栽培を中心とした産業が盛んで、明治5年には「官営富岡製糸場」が、明治11年には、産業組合の原点となった「上州南三社(下仁田社、甘楽社、碓氷社)」が設立され、さながら養蚕立国の中心として我が国の産業を牽引しました。 そんな歴史のある管内の、私たちJAは 平成6年3月に1市1郡内の3町1村の5つの総合農協と一つの専門農協が合併して設立された、組合員数約14,056名(うち正組合員7,146名)、貯金残高751億円、貸出残高169.7億円の県下でも有数の大規模JAです。 営農事業本部の概況 古くから養蚕・蒟蒻栽培を中心とした営農形態は養蚕立国の中心として我が国の産業を牽引し、蒟蒻栽培も傾斜地の畑作の貴重な換金作物として成長し、現在でも蒟蒻市況は当地から全国に発信されています。
こうした急激な農業生産構造の変化に対応するため、JAは平成6年3月に広域合併し、地域農業の拠点整備をスタートさせ、2年後の平成8年には事業本部制をしいて営農事業本部が誕生しました。首都圏への農畜産物供給地帯としての再生プログラムへの取り組みを開始し、まず生産者のT心と行動Uを集約すべく生産組織の統合を行い、JAを中心とした「地域農業構造」の抜本的な改革、さらには「販売戦略」と「商品開発」を併行して実施し、「農業再生プラン」が1市3町1村の広域中核事業として大きく前進することになりました。このプランは、少量多品目生産をねらいとした「チャレンジ21農業」と、ステップアップ農業者を中心とした「重点野菜推進事業」の2本柱により、地域農業の本格的産地化を目指しました。
こうして生産力の回復が現実になるに従い、農業従事者の減少に歯止めがかかり、他産業から戻ってきた生産者も着実に増加しています。また「土地所有型農業者」「自給自足型農業者」「中高年・女性」などが「生産販売型農業者」へとに成長、新規就農者も逞しく育ちました。平成8年に地元農産物直売所「食彩館本店」、平成10年「食彩館もみじ平店」のオープンは地産地消活動を支える原動力となっています。そして販売型少量多品目生産が普及定着し、農産物の生産が増加するなか、平成10年地元直売所の「都会の出店」として、都内大手量販店の青果売場にJAの売場コーナーを設け「インショップ店」としてその販路を拡大しました。そして、その成果が認められ、直販センター運営委員会は、平成13年3月、第30回日本農業賞・集団組織の部で大賞を受賞しました。
地 勢 当地域は群馬県の南西部に位置し、富岡市及び甘楽郡(甘楽町、妙義町、下仁田町、南牧村)の1市3町1村で構成されてます。その面積は489K平米に達しますが、7割以上は山林が占める中山間地域です。一帯は、昔ながらの落ち着いた農山村の雰囲気をかもしだし、西から東に山間を縫うように鏑川は、やがて板東太郎と称される利根川に合流します。鏑川に沿い上信電鉄(JR高崎線から分岐し下仁田まで)と国道254号線が走り、古くから地域住民の交通基盤となっていますが、車社会の進展にともない、平成5年3月に上信越自動車道が開通、都心へ1時間でつながり、首都圏とのアクセスも一段と向上しています。これにより首都圏と信越を結ぶ中継点として、企業の進出意欲を増大させています。
耕地総面積 (単位:ha) 農家総戸数 (単位:戸)
自然環境 耕地の標高は、115〜900mという標高差を持つ典型的な中山間地域で、起伏に富んでいますが、東を除く3方を山々に囲まれているため気候は比較的温暖であり、年間の平均気温は13〜14℃となっています。年間降水量は、1,200〜1,400mmで、冬期は晴天が続き、降雪も年に1〜2回程度ありますが、10cm程度であり一両日で融雪します。夏の「雷」、冬の北西風「上州からっ風」に代表されるよう、四季の変化にも富んでいます。 土 壌 長い歳月をかけて鏑川が育んだ土壌は、粘質の埴壌土で地力は高く生産力に富んでいますが、畑作での作業効率の低下や、多雨により適期作業に影響を及ぼすこともあります。これまで桑園、こんにゃく栽培として用いた畑は、傾斜地を除き抜根して、野菜などに転換していることから、野菜栽培に適した土壌であるといえます。 水 利 地域の河川は、中央を流れる鏑川を主流に鏑川水系を形成しています。その源は、妙義荒船佐久高原国定公園の妙義荒船山系に端を発しており、永きにわたり生物の営みを暖かく見守り続けています。 |
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